要約


論文題目:自己複雑性の測定に関する一考察 〜TSTを用いた測定法〜

向井 愛
大阪大学 人間科学部 人間科学科
臨床教育学コース 教育心理学講座

 本研究は、Linville(1985、1987)が提唱した「自己複雑性モデル」についての考察である。
 Linvilleの基本的な考えは、自分のことを多くの側面にそって複雑に分化させている人の方が、自己を単純な構造でしか認知できない人に比べて、極端な否定的感情に見舞われにくい、という内容である。大きな自己側面を少ししかもたない人は、一つの側面が何らかの損害を受けた時にダメージが大きい。一方で、小さな側面を多数もっている人物は、例えその一つを破損しても、全体的なダメージは小さく抑えられる。
 この理論を測定する方法として、情報理論のエントロピーに基づいた指標Hの計算式がある。
    H = log2n - ( Σ ni log2 ni) / n
       n :特性語の総数
       ni:グループの組み合わせの各パターンに該当する特性語の数
 ここで問題となるのは、グループの組み合わせパターン(認知反応パターンに相当)に認知側面として「用いられなかった特性語グループ」を考慮しているところである。複雑性の指標にHを用いる限り、その性質上、組み合わせパターンの総数は特性総数と等しくなければならない( n=Σni )。自分に当てはまらない特性を当てはまらないと認知している、という考えになるのだが、しかし与えられた形容詞リストから特性を選択する方式では、選択されなかった特性が本当に被験者に認知されているという保証はない。
 そこで本研究では、被験者にとって必ず全部が認知されている特性語を用いて自己複雑性を測定する重要性を述べ、TST(20答法;Who am I?テスト)からその特性を抽出することを試みた。
 大学生を中心とした被験者150名が、TSTで自分に対する20の記述を行い、その後でそれらを自由な意味付けでグループ分けしたデータから、被験者ごとに複雑性の指標Hを算出した。その結果、先行研究では使用特性数とHとの間に非常に強い相関があったが、本研究では中程度の相関しかなかった。これは、Hが単なる特性の量を示すのではなく、その他の領域(側面数やその独立度)もが影響を与えていることを示す。本研究による測定の方が、Linvilleが意図する複雑性をよりよく捉えることができているのではないか。
 また、肯定的な自己複雑性と否定的な自己複雑性を別けて算出する際に、TSTでは被験者によって肯定/否定の特性数が異なっているため指標の妥当性が疑わしかった問題を、総特性数を統一する方法によって解決した。
 これらの方法で算出した指標は、肯定的な自己複雑性は肯定的な自己評価(自尊心)に影響を与え、否定的な自己複雑性は否定的な情緒反応や身体反応に正の影響、自尊感情に負の影響を与えていた。本研究による指標の妥当性を示す結果であった。
 自己複雑性は、その理論に賛同しながらも先行研究の結果の不統一のために、日本ではあまり使用されていない。今後、測定法の見直しを深め、自己複雑性が確かなものに発展されることを期待する。本研究は、自己複雑性を正しく測定するための方法を考案し、その有効性を実証した。


2001年1月提出